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オレの神社!・・・土津神社 [-2018旅行・地域]

たまに気の迷いで勘違いすることもあるが、決して神になったわけではない。

江戸時代の初期、数奇な運命を辿った名君中の名君 保科正之
会津藩の藩租として猪苗代町の土津(はにつ)神社に祀られている。

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門前の民宿街より紅葉の境内と共に臨めた、威風漂う白い鳥居が印象的だ。

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手水舎の手前には元総理大臣小泉純一郎の記念樹が。
(なぜ記念なのかは確認していないが、参拝して感動したのかも、と勝手に想像する)

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かつて造営当時は日光東照宮のように壮麗豪華絢爛であったとのことだが、
幕末の動乱で兵火に遭い惜しくも消失してしまったらしい。
ゆえに現在の境内は明治になり再建されたものだ。

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保科正之の墓所は奥の院として、約500mの参道を辿らなければならない。

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杉並木に囲まれて凛とした雰囲気の参道をのんびり登ること約10分。
(素晴らしいロケーションなのに、デジカメの低感度固定解除を忘れていて、手振れ大失敗(泣))

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ここに名君が静かに眠っているのだ。
「名君神に仕えて此の地を守り給え」と祈念。

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中を覗くと左の石灯籠は崩れ落ちていて、右の石灯籠もズレかかっている。

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左側に回りパノラマ合成してみる・・・
左の小山が、正之の棺の上に築かれた円墳で、頂上に鎮石が置かれている。

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参道の帰路では陽が陰り、風も出てきたようで寒い。

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しかし境内の紅葉は美しく、多くの人々がデジカメや携帯電話に収めていた。

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現在、保科正之を次期NHK大河ドラマ化にと望む署名などの活動が盛んのようだ。
そー云えば、マダムも長野県で運動が起きている、と教えてくれたな・・・。
博学な彼等は正之の半生を既に知っていようが、
会津発刊の冊子を彼等分も購入して、恒例のお歳暮のひとつとして贈ろう。

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紹介されて、初めて知った地であったが、立派な風格と威厳に満ちており好かった!
次回は隣接する磐椅(いわはし)神社と亀ヶ城跡を訪問したいし、
猪苗代湖畔の、芦名義広を伊達政宗が撃破した摺上原古戦場も未訪問だし、
改めて会津若松市内の正之の次の歴代藩主が眠る松平家墓所なども巡りたい。

戦国大名が駆け抜けて、幕末の動乱を乗り切った会津若松は、やはり魅力的な地域だ。

あー忘れちゃイケねぇ、子どもと磐梯山にも登山したいしぃ♪
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