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白河紀行② 白河の関 [-2018旅行・地域]

ここは歴史の舞台と云うよりも、
東北地方の高校野球関係者、ファンには有名な、
大優勝旗が越すに越されぬ " 白河の関 ”!
(頭ごしに津軽海峡越えちゃったし (゚´Д`゚))

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たぶん21年ぶり2回目の訪問。
その地をしかと再確認!


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隣接する公園の大駐車場から、
こんな感じで時計回りで散策開始!

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見事な6頭身像が微笑ましいは、
芭蕉と曽良主従がお見送り。
「良く見なされ、ほらっちょ!」

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入手した冊子を睨みながら、
古の跡を辿るや愉し d(^^)

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『奥の細道』紀行文の、
白河の関の一節が刻まれている。
オレも文人なので、よ~く感じるぜ(?)

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由緒ある立派な杉や桜の木が多い。

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そしてこれが古関蹟の碑。
松平定信が寛政12年(1800年)に、
この場所が白河関跡に間違いないとし、
建立した碑=キメ手だ。

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そして正面で改めてパチリと。

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中心には白河神社が鎮座しており、
風情のある参道が続く。

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社殿は仙台藩 伊達政宗が、
寄進したものと伝わっている。
背筋を伸ばし拝礼 <(_ _)>

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中世には丘陵全体が居館として使用され、
土塁や空堀で囲まれた範囲に、
主郭が在ったらしい。
発掘調査では門跡、柵列跡も発見されている。

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国指定史跡で " 関の森館 ” と。

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奥州3古関のひとつの白河の関は、
奈良から平安時代頃に機能していた国境の関で、
人や物資の往来を取り締まる機能を、
果たしていたと考えられている。
その後、律令制の衰退とともにその機能を失ったが、
文学の世界で憧れの地となり、
能因や西行、松尾芭蕉など時代を代表する、
歌人・俳人らが多くの歌を残しており、
現在も風流人の想いを描く地として愛されている。

では文人のオレ様も一句詠うかの。
あ~んして、昔ラブラブ、いま介護
(お気に入りシルバー川柳は、
 「関」の匂いは全くナッシン d( ̄∇ ̄))

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さて、越すに越されぬ全成績のまとめ。

1915年夏 秋田中学(現・秋田高校)
1969年夏 三沢
1971年夏 磐城
1989年夏 仙台育英
2001年春 仙台育英
2003年夏 東北
2009年春 花巻東
2011年夏 光星学院(現・八戸学院光星)
2012年春 光星学院(現・八戸学院光星)
2012年夏 光星学院(現・八戸学院光星)
2015年夏 仙台育英

2018年夏開幕前の、
現在の東北勢の決勝成績・・・
・・・ 0勝11敗 お見事 (^^)/

今年は第100回大会だが、
早くも第1回秋田中学から挑んでいるのだ。
また特に光星学院の3期連続準優勝は、
ある意味不世出の大記録かも。

どうなる東北勢!?
いつかこの史跡の前をパレードして欲しい!
死ぬ前に見られるかなぁ・・・(^0^;)


先訪問地 → 白河紀行① オレの城!白河小峰城
次訪問地 → 白河紀行③ 革籠原防塁跡


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