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会津若松紀行① 飯盛山 [2019-旅行・地域]

会津若松市観光は、まず飯盛山!

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市街地東部だ。


有名すぎる白虎隊の悲劇を伝える地。
そもそも藩は徳川将軍家の血を継ぎ、
教育・人材育成にも力を入れたからか、
幕末も大国として君臨したゆえに、
悲劇の歴史を辿ってしまったとも云える。

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オレは過去3回くらい、
最後に参拝したは10年以上も前かも。
一番最初に来たときは、
周囲のアクセス道路も違っていたしぃ。

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まず目に飛び込む圧巻の石段が、
体育会系の魂を奮い立たせる。
登ってやろうじゃねーか ヽ(゚Д゚)ノ

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ハァハァハァ・・・クソ暑い中では、
隣のエスカレーターで・・・否々。
そんな大汗で登り切れば、
霊山らしい静謐な空気がお出迎え。

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では白虎隊自刃の地へ。

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こんな市内一望の地で・・・。

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隊士は16、17歳なれば現在の高校生だ。
胸に迫る切なさよ 。゚(゚´Д`゚)゚。。。

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「お城が燃えている!」

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の鶴ヶ城(会津若松城)を探す。

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あの「棒」何だろな?
の背後に天守閣が望める。
実はNHKの鉄塔で10年以上も前から、
景観上の問題提起がされているようだが・・・。

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同様に鶴ヶ城天守閣からも、
目印として飯盛山を確認出来る。
良いのか、悪いのか・・・(-_-)

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戻るちょっとした石段でも大汗 (@@;)

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隊士の冥福を祈る <(_ _)>

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駐車場で『500円商品券』を渡された、
売店を一応冷やかしてから、
(右奥の)案内順路に沿って下る。

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ここに見るべき名建築が。

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世界でも珍しい二重螺旋構造、
「円通三匝堂」は、
その特異な構造や外観が、
サザエに似ていることから、
「会津さざえ堂」とも呼ばれている。

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天井が低く圧迫感を感じながらの、
上り下りですれ違わない不思議な世界。

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最上階天井は千社札だらけ!

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小窓からもパチリと。

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10年ぶりの名建築に大満足 (^。^)y-゚゚゚

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するとやや騒がしい感に出会うが、
正体は大林素子のロケのようだ。
細くて高っ!(゚o゚;

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日曜日の朝一にとは・・・。

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さて下ると厳島神社だ。

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周囲は水路でゴウゴウと音に囲まれるが、
その流れてくる洞穴にも注目だ。

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白虎隊が戦場から、
退却するときに通った洞穴だ。

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清々しい水景色だが・・・

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ここでも切ない思いに包まれる (>o<)

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隊士もここを登ったのか・・・。

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正式参道はこちらから、らしい。

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そして白虎隊記念館へ。
古ぼけた館内だが、
冷房が効いていて生き返る。

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館内は御年輩が多かったが、
つい耳に入る会話から、
識ってるなぁ、
勉強されてるなぁ、と感心だ。

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で駐車場へ戻る両側には、
これも古びたお土産物屋が。

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中高校生の定番お土産「木刀」は、
ここ会津若松が発祥らしい。

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挑発されるなぁ~(^▽^)

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もちろん我が家にも、
2号が求めた木刀が有ったなぁ (^o^)

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そんな幕末、戊辰戦争の悲劇だが、
ゆえに今も全国からの参拝者は途絶えない。

あらためて白虎隊士、
他の志士、烈婦らのご冥福を祈るのみ。
と同時に身が引き締まる (ー ー)ゞ

つづく


本文はこちら!
→ 農家の休日・・・会津若松と羽鳥湖へ


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